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更新日:2024年4月1日

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No.544『「情報を発信する」ということ』

この春、わたしは初めてスマートフォンを買ってもらいました。たくさんの機能があり、中でもSNSは瞬時に役立つ情報が得られ、最近では自ら投稿して情報を発信することも多くなってきました。
ある日、母と出掛けたときのことです。歩いている途中、少し先に外国人がいて、通行人の顔をきょろきょろと見ながら立ち止まっていました。直感的に怪しいと思ったわたしは「みんなにも気を付けるようにSNSで知らせた方がいいよね」と母に言い、投稿しようとしたところ「ちょっと待って」と止められました。
その外国人とすれ違おうとしたとき、相手から話し掛けられ、会話をする中で、ただ道を聞きたいだけだと分かったのです。わたしは発信しようとした情報が間違いだったことに気付き「お母さん、止めてくれてありがとう」と伝えると「感染症が広がったとき、大変だったことを覚えてる?」と言われました。
それは数年前のことです。わたしたち家族が住んでいるマンションの誰かが感染したという情報がSNSで拡散されました。同じ建物に住んでいるということだけでひとまとめに見られ、それが原因で、母は職場へ、わたしは学校へ行きづらくなったことを思い出したのです。
わたしが「あのときはつらかったな」と言うと、母は「そうね。じゃあ今あなたがしようとした投稿はどうなの?」と言われ、わたしははっとしました。もしあのまま投稿していたら、外国人をひとまとめにして悪く見てしまうことにつながったかもしれないのです。SNSでのたったひとつの発信が誰かを傷つけ、多くの人に影響を与えてしまう可能性を忘れていたのでした。
「自分がされて嫌だったことを、しようとしていたんだ…」と言うわたしに対し、母は「SNSは本当に便利だよ。でも発信した情報キッピィが、自分の思いとは違う形で広がって、予想外の影響を与えるかもしれないって考えることも大切だよ」と優しく話し掛けてくれました。

 

情報には災害や交通状況など早めに伝えなければならないものがあります。また情報には、拡散することで偏見を広げ、差別の助長につながるものもあります。投稿する前に一度立ち止まって考えてみませんか。

 

お問い合わせ

教育委員会事務局教育部人権・同和教育課 

電話番号:(097)537-5651

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