更新日:2026年2月25日
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大学受験を控えたぼくは、1つの不満を持っていた。ぼくが受験する理系の学部が、女子のみを対象とした枠の試験を実施するというのだ。そのことを担任の先生に話すと「気持ちは分かるけど、世界と比べて日本は理系を選ぶ女子が圧倒的に少ないんだ。どうしてだと思う?」と聞くのです。「それは、女子は数学が苦手だからですよ」と、ぼくが反論すると、先生は「それって本当かなぁ。そこに思い込みや偏見はないのかな?」と語りかけるように言うのだった。
モヤモヤしながら帰宅し、家族と食事をしながら、先生とのやり取りを話すと、父が思い出すように「なるほど…。父さんの会社でも数年前までは、管理職試験を受ける女性が少なくてね。その原因は、女性が積極的でないからだと考えてて」と。ぼくは「そうだよ。だって男女関係なく試験は受けられるんでしょ」と言うと、父は「確かにそうだけど、社員の人たちの意見を聞くうちに、会社のあり方にも課題があるんじゃないかって。それから、働き方を見直したり子育て支援を充実させたりしていったら女性の管理職も次第に増えていったんだ。つまり…」と言いかけたとき、隣にいた姉が口を挟むように「女子は数学が苦手とか、女性は積極的じゃないとか、勝手に決めつけて、原因を女性側に求めているのが問題ってことでしょ」と言うのだ。そのとき、先生が言っていた「思い込みや偏見」という言葉を思い出したのだ。
続けて姉が「この前、女性の大学教授が『男性に生まれ変われたら、女性差別を受けることはないのにと昔は考えていたんだけど、そもそも女性差別は女性側の問題なのではなく、差別をする側の問題なんだ』って話していて、ハッとしたんだけど」と。ぼくは「うーん…。そうか、女性差別は、差別する側の問題ってことかぁ。他の人権課題も同じ仕組みじゃないかな」と考えた。そして、いつの間にか不満の気持ちがスーッと晴れてる自分に気付いたのだ。
差別は「される側」ではなく「する側」の問題であるという認識に立ち、女性の人権課題など、あらゆる差別の解消に取り組むことが大切ではないでしょうか。
※毎年3月8日は国際女性デーです。女性の権利向上や差別撤廃を促進する国際的な機会として位置付けられています。