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更新日:2024年8月13日
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分類 | 史跡(国指定) |
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国分寺は天平13年(741)、国の安泰を願う聖武天皇の発願により、各国の「好所(こうしょ)」を選んで建てられました。
豊後の場合、大分市の国分の地が選ばれ、昭和49年から昭和61年に実施した発掘調査の結果によって、全国的にみても屈指の規模を持つ主要伽藍の規模・寺域などが明らかになりました。 広大な寺地の中に、中門・金堂を結ぶ回廊が廻り、回廊内西側に七重塔が位置します。金堂基壇はほとんどが失われていますが、七重塔跡は残りがよく、一辺18mの栗石積み基壇化粧や巨大な心礎、礎石9個がほぼ原位置を保ち、総高67.3mの壮大な塔であったと推定されています。
寺域の発掘調査の結果、奈良時代の鐙(あぶみ)瓦や唐草瓦が出土することなどから見て、756年頃にはほぼ完成していたとみられています。 昭和61年の調査では、「尼寺」と墨書きのある土器が出土し、近くに尼寺も建てられていたと考えられています。 |
名称 | 豊後国分寺跡(ぶんごこくぶんじあと) |
指定年月 | 昭和8年2月28日 |
時代 | 奈良時代 |
所在地(指定地番) | 大字国分972番地他 |
JR豊後国分駅に隣接する豊後国分寺跡は、奈良時代に聖武天皇の命により全国に建てられた国分寺の一つで、国の史跡に指定されています。
かつては南北約300m・東西約180mの広大な境内に、中門・七重塔・金堂・講堂・食堂など壮麗な建物が立ち並んでいました。
現在は、約3万2,000平方メートルが史跡公園として整備され、敷地の一角にある大分市歴史資料館では国分寺跡の発掘で見つかった瓦や土器などを展示しています。
また、春には桜が咲き誇り、市民の憩いの場となっています。今も残る当時の礎石(そせき)や建物跡など、昔の姿をしのびながら散策をしてみてはいかがでしょうか。
七重塔は全国最大の大きさで、現地にある大きな礎石が高さ約67mもの建物を支えていました(資料館に模型と解説パネルあり)。
豊後国分寺跡・大分市歴史資料館
所在地 :大字国分960-1
移動時間 :大分ICまたは大分光吉ICから車で約15分
JR久大本線 豊後国分駅下車 徒歩2分
駐車場 :無料
休館日など詳しくは、下記関連リンク「大分市歴史資料館」よりご確認ください。
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