大分市の歴史探訪5(中央地区)

大分市の歴史探訪5(中央地区)
古宮古墳
古宮古墳 [国指定史跡]
 7世紀中頃から後半ごろの、高松塚古墳(奈良県明日香村)と同じ造り(石槨式石室)を持つ、九州では唯一つの古墳です。この特徴ある造りと時期から、この古墳は、大分君恵尺(おおいたのきみ えさか)ではないかと考えられています。
 また、南に川があり、北に山がある、風水の考え方に基づいて場所を選んでいるとも云われています。
 
大友氏館跡(庭園跡)
大友氏遺跡(大友氏館跡地区) [国指定史跡]
 大友氏は、鎌倉時代より戦国時代まで豊後の国を治めていました。最盛期は、戦国時代の宗麟公の時代で、北部九州6カ国を治め、南蛮貿易を盛んに行っていた国際都市「府内」は「ティセラ日本図」にも名を残すほどでした。
 この「府内」の町の中心にあり、政治を行っていた場所が「大友氏館」であり、200m四方の広さがあり、巨大な庭園(写真)を持った館であったことが最近の発掘調査でわかりました。
 現在は、南東部の「旧万寿寺地区」とともに、「大友氏遺跡」として順次国指定を受けています。
府内城跡
府内城跡 [県指定史跡(一部)・市指定史跡]
 慶長2年(1597)福原直高により築城が始められ、竹中重利によって慶長7年(1602)に完成した府内藩のお城です。
 寛保8年(1743)の大火により、天守閣をはじめほとんどの施設が焼失し、それ以降天守閣は再建されませんでした。
 現在は、大分空襲で焼失した櫓(やぐら)も復元され、城址公園として市民の憩いの場となっています。
 また、築城時に人柱となったお宮をまつる祠が天守台の下にあり、毎年3月に供養が行われています。
大分銀行 赤レンガ館
大分銀行赤レンガ館 [国登録文化財]
 大分市の中心部に現存する明治時代の洋風建築です。辰野金吾、片岡安によって設計され、ランタンを持つ八角形ドームの屋根は「辰野式ルネッサンス」の特徴といわれます。
 内装は改築されていますが、建築当時の姿を忠実に復元された外観は、明治建築の特徴をよく残し、中心部の都市景観の中で異彩を放っています。
地図


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